はじめまして、半田です
2017.07.01
4月から“見習い生”として、7月からは非常勤スタッフとしてお世話になります、臨床心理士の半田光代と申します。
どうぞよろしくお願いします。
今年3月末、約25年間お世話になった職場を、“え?私退職するの?そうなんだ、退職するんだ…”と、
周囲よりも自分が一番驚きつつ、突然思いがけなく退職いたしました。
職場の嘱託医であったN田先生には、直接ご挨拶をする機会がなく、不本意ながら“大変お世話になりました”とメールでご報告。
が、これまた思いがけずアクシスに誘っていただき、今私はこうしてブログを書いている…というわけです。
ほんの3か月前には、全く思いもしなかった展開です!人生はなんて不思議で面白いんでしょうか。
こうして4月から、毎回かけがえのない出会いがあり、ワクワクしながら“アクシスの化学反応”を拝見し、
多くのことを学ばせていただいています。
職場の嘱託医だったN田先生は、私の最初の赴任先であった職場で、講演依頼をさせていただいたのが初めての出会いでした。
当時私は、家族とも一切お話しをなさらない、Aさんを支援させていただいていました。出会って3か月くらいでしたが、
まもなく18歳を迎えるAさんの今後を考えると、まだまだ繋がっていたい気持ちでいっぱいでした。
最初はお顔を拝見するのも難しかったAさんですが、いつも家庭訪問を受け入れてくださり、
手紙のやりとりでは、ご自分の気持ちや考えを少しずつ伝えてくださるなど、Aさんの豊かな力を感じ始めたばかりでした。
ある時、Aさんから電話をくださり、私の質問に受話器を叩いて、一生懸命YES-NOを表現くださったこともありました。
が、Aさんのような方を支援してくれる場や機関は今よりもなく、福祉制度もまだまだの状態(精神福祉手帳もない)で、
一緒に保健所やハローワークに足を運ぶのが関の山といったところでした。
そんな八方ふさがりの状態で、N田先生に一か八かで相談し、AさんはN田先生が勤務される病院に繋がったのです。
詳細は省きますが、のちに私は転勤先で、嘱託医であるN田先生から
“Aさんが笑いながら友達のことを話している(!!)”と教えていただいたのです。
驚愕しつつ、ことばにならない安堵感と感謝の気持ちでいっぱいになったことは、15年近く経った今も忘れられません。
嘱託医のN田先生は、私にとってまさに“月光仮面”か“赤影”か(みなさんわかりますか?ついてきてくださいね)という存在でした。
そして私は、“月光仮面”N田先生に声をかけていただき、いそいそとアクシスへ足を運んだわけです。
“♪疾風のように現れて 疾風のように去っていく”正義の味方N田先生ですが、
“♫誰もがみんな知っている”ようで、実は私がまだ見ぬお顔もあることに気づいたのです。
そうです!ここ、アクシスでN田先生は、私の大好きな“ムーミン”の愛すべきキャラクター“ミイ”の顔をお持ちでした!
ムーミン(注釈:K岡さん。ムーミンママとなってアクシスを土台から支え、時にスナフキンとなってブログで魅せてくれます)がワークをしていると、
ミイがいたずらっ子の表情で生き生きとムーミンに突っ込み、楽しそうに振り回します。そうなったら、誰にも止められません。
でも、ムーミンは、そんなミイの良さを誰よりも良くわかっていて、ますます楽しいワークを繰り広げるのです。
アクシスは、私にとって“だれでも、すっかり安心していられる谷なんだよ、あそこは。”(byムーミン)のムーミン谷にある、
ムーミン屋敷です。
皆さま、どうぞムーミン屋敷・アクシスに遊びにいらして、楽しい時間をお過ごしくださいね。
皆さまとのかけがえのない出会いを、今日もミイやムーミンたちが待っています!
え?私ですか?そうですねえ…まだ得体のしれない“ニョロニョロ”といったところでしょうか(見た目は、突然変異の極太ニョロニョロですが!)。
半田
どうぞよろしくお願いします。
今年3月末、約25年間お世話になった職場を、“え?私退職するの?そうなんだ、退職するんだ…”と、
周囲よりも自分が一番驚きつつ、突然思いがけなく退職いたしました。
職場の嘱託医であったN田先生には、直接ご挨拶をする機会がなく、不本意ながら“大変お世話になりました”とメールでご報告。
が、これまた思いがけずアクシスに誘っていただき、今私はこうしてブログを書いている…というわけです。
ほんの3か月前には、全く思いもしなかった展開です!人生はなんて不思議で面白いんでしょうか。
こうして4月から、毎回かけがえのない出会いがあり、ワクワクしながら“アクシスの化学反応”を拝見し、
多くのことを学ばせていただいています。
職場の嘱託医だったN田先生は、私の最初の赴任先であった職場で、講演依頼をさせていただいたのが初めての出会いでした。
当時私は、家族とも一切お話しをなさらない、Aさんを支援させていただいていました。出会って3か月くらいでしたが、
まもなく18歳を迎えるAさんの今後を考えると、まだまだ繋がっていたい気持ちでいっぱいでした。
最初はお顔を拝見するのも難しかったAさんですが、いつも家庭訪問を受け入れてくださり、
手紙のやりとりでは、ご自分の気持ちや考えを少しずつ伝えてくださるなど、Aさんの豊かな力を感じ始めたばかりでした。
ある時、Aさんから電話をくださり、私の質問に受話器を叩いて、一生懸命YES-NOを表現くださったこともありました。
が、Aさんのような方を支援してくれる場や機関は今よりもなく、福祉制度もまだまだの状態(精神福祉手帳もない)で、
一緒に保健所やハローワークに足を運ぶのが関の山といったところでした。
そんな八方ふさがりの状態で、N田先生に一か八かで相談し、AさんはN田先生が勤務される病院に繋がったのです。
詳細は省きますが、のちに私は転勤先で、嘱託医であるN田先生から
“Aさんが笑いながら友達のことを話している(!!)”と教えていただいたのです。
驚愕しつつ、ことばにならない安堵感と感謝の気持ちでいっぱいになったことは、15年近く経った今も忘れられません。
嘱託医のN田先生は、私にとってまさに“月光仮面”か“赤影”か(みなさんわかりますか?ついてきてくださいね)という存在でした。
そして私は、“月光仮面”N田先生に声をかけていただき、いそいそとアクシスへ足を運んだわけです。
“♪疾風のように現れて 疾風のように去っていく”正義の味方N田先生ですが、
“♫誰もがみんな知っている”ようで、実は私がまだ見ぬお顔もあることに気づいたのです。
そうです!ここ、アクシスでN田先生は、私の大好きな“ムーミン”の愛すべきキャラクター“ミイ”の顔をお持ちでした!
ムーミン(注釈:K岡さん。ムーミンママとなってアクシスを土台から支え、時にスナフキンとなってブログで魅せてくれます)がワークをしていると、
ミイがいたずらっ子の表情で生き生きとムーミンに突っ込み、楽しそうに振り回します。そうなったら、誰にも止められません。
でも、ムーミンは、そんなミイの良さを誰よりも良くわかっていて、ますます楽しいワークを繰り広げるのです。
アクシスは、私にとって“だれでも、すっかり安心していられる谷なんだよ、あそこは。”(byムーミン)のムーミン谷にある、
ムーミン屋敷です。
皆さま、どうぞムーミン屋敷・アクシスに遊びにいらして、楽しい時間をお過ごしくださいね。
皆さまとのかけがえのない出会いを、今日もミイやムーミンたちが待っています!
え?私ですか?そうですねえ…まだ得体のしれない“ニョロニョロ”といったところでしょうか(見た目は、突然変異の極太ニョロニョロですが!)。
半田