怪談Bar
2015.08.05
か…上岡です。
これは、本当にあった話です。
夕立に降られ、うだるような暑さが勢いをましていた夕刻のことであった。
私は、とある目的のために六本木に降り立った。前回の探偵Barで味を占めた私が次に向かった先は怪談Bar。
なんでも1時間の入場料を払うとフリードリンクとともに1つの怪談話を聞かせてくれると言う…。
居るだけでも体力を消耗させる東京の人ごみをかき分け、にぎやかな店舗が並ぶビルに足を踏み入れる。
どこに向かっても駐車場に出てしまうビルの中で困惑した私は、そんな私をずっと待っていたかのような警備員に出会った。
歳のこう、50代半ばのその男性は私に
「今、案内します」
と告げ、私の前を迷いもなく歩み進んでいった。
やがて、警備員は地下へと続く階段を下りていく。
視界が急に開けたフロアで、警備員は立ち止まった。
そこは、外部からの侵入を死守するかのように漆黒の巨大な扉が閉ざされた場所であった。
「ここです」
警備員の男性はそう言い残すと足早(私にはそう見えた)にその場を立ち去った。
扉には「19時開店」と書かれた張り紙が見える。
私の腕時計の針は18時45分を指していた。
「手遅れよりは良い」
そう思いながら、店前の丸いテーブル机の上に無造作に置かれた団扇を手に取り、それで宙を煽いでいた。
この時の私はこれから起きるであろう戦慄の体験から目をそらすことに必死だったのだと思う。
時計の針が19時を指す少し前に厚い扉がゆっくり動き出した。
半分ほど扉が開いたところで、内側から店員がひょこんと顔を出した。
「お待たせしました」
20代と思われる女性店員の顔立ちは綺麗であるもののどことなく青白く、私は一瞬固まらざるを得なかった。
「どうぞ」
店員が店内に私をいざなう。
そのとき、私の体の細胞という細胞が強烈な拒否をし始める。
戻るのは今だ。
この「今」しかない。
私の体は、古来からもつ恐怖の本能を全開に感じながらも、
「僕は40代男子。怪談なんか怖くない。怪談が怖いなら40代男子ではない」
と自分をだまし、抑え、こらえ、自らにGOサインを出した。
汗ばむ体をふりしぼりながら扉の奥に一歩足を踏み出すとき、私はこの汗が夏の汗でないことに気づいていた。
12畳ほどの広さの薄暗い店内にはテーブルが4つほどと店の奥にはカウンター席があった。
無意識の防衛反応なのか私は入口に近い席に座った、と、隣に他のお客さんの気配がしたのでフォーカスを合わすと…
「はぁぁぁぁーん!」
*本来は「キャー!」の表記がわかりやすく伝わるのだが、変声期をとうに過ぎた私から発せられる声はこちらの表記のほうが正確であるので、こちらを採用する。
若い店員は写真の人形に名前があることを教えてくれたが耳に入らない。「怖い!生きたい!」と叫ぶそのときの私の脳には全く必要のない情報だったからだ。
「…これは思ったよりやばいぞ」
自分を落ち着かせるため胸ポケットからタバコを取り出し火をつける。
すると店員は奇妙にもこうつぶやいた。
「トイレはいかがですか?」
…私は事態がつかめないまま、言うがままに席を立った。
が、一抹の不安を感じ、無事に席に帰ってこれることを信じたいがため、タバコの火をあえて消さずに席を立った。
トイレの内部は真っ黒な壁に痛いほどの赤い照明が照らされ「嫌な赤な色」をしていた。
トイレの扉を閉め、鍵をかけ、便器に腰を下ろし上を向くと…
「はぁぁぁぁーん!」
慌てて飛び出て、
「はぁぁぁぁーん!」
席に戻ると、
「はぁぁぁぁーん!」
悔しかった…
テーブル席に人形は居た。最初から居た。それを私は知っていた。なのにまた「はぁぁぁぁーん」と言ってしまった。
深く腰を沈め、うなだれながら、
この場所では排尿という生理現象も成し遂げられないこと、そして「トイレはいかがですか?」と言い出した女性店員の「いじわるさ」と「チャーミングさ」を噛みしめていた。
そんな時だった。
袴姿の男性が音も立てずに現れ、今から怪談を1つすると言う。
店内の明かりは照らす範囲をゆっくり狭めていき、最後には袴姿の男性だけに集まり、後は闇となった。音も消えた。
「え~、怖い話には2種類ありまして。その場で『きゃっ!怖い!』って種類の話と、その場では怖くないのですが、お家に帰り、部屋を暗くしたとき『あれ?あれあれ…』と後からぞわぞわぞわとくるものがありまして………今日は後者です」
それから後のことをよく覚えていない。
ただ、永遠に感じた15分の怪談で少なくとも私は3回、
「はぁぁぁぁーん!」
と叫んでいた。
店内が明かりを取り戻しても私の疲労感を癒すことは無く、ただただぐったりしていた。
そんな私に満面の笑顔の男性が近づいてきた。さきほどの袴姿の男性、私から生気を吸い出した、とっても怖い怪談話をした怪談師だった。
「お客さん、いいリアクション、ありがとうございました!!」
その大きめの声に、
「はぁぁぁぁーん!」
お金を支払い足早に店を出、地下からあがる階段をあがった。普段は辟易する人ごみに、私は早くまじりたかった。
六本木の夜の外はとても明るかった。
…てなわけで、いやー怖かったです。怪談師さんの話し方がたくみ!
怪談話といってもずっと怖い話じゃなく、たまにはユーモアを入れるなどの緩急が余計怖がらせる秘訣なのですね~。
勉強になった夏の夜の本当の話でした。
上岡
これは、本当にあった話です。
夕立に降られ、うだるような暑さが勢いをましていた夕刻のことであった。
私は、とある目的のために六本木に降り立った。前回の探偵Barで味を占めた私が次に向かった先は怪談Bar。
なんでも1時間の入場料を払うとフリードリンクとともに1つの怪談話を聞かせてくれると言う…。
居るだけでも体力を消耗させる東京の人ごみをかき分け、にぎやかな店舗が並ぶビルに足を踏み入れる。
どこに向かっても駐車場に出てしまうビルの中で困惑した私は、そんな私をずっと待っていたかのような警備員に出会った。
歳のこう、50代半ばのその男性は私に
「今、案内します」
と告げ、私の前を迷いもなく歩み進んでいった。
やがて、警備員は地下へと続く階段を下りていく。
視界が急に開けたフロアで、警備員は立ち止まった。
そこは、外部からの侵入を死守するかのように漆黒の巨大な扉が閉ざされた場所であった。
「ここです」
警備員の男性はそう言い残すと足早(私にはそう見えた)にその場を立ち去った。
扉には「19時開店」と書かれた張り紙が見える。
私の腕時計の針は18時45分を指していた。
「手遅れよりは良い」
そう思いながら、店前の丸いテーブル机の上に無造作に置かれた団扇を手に取り、それで宙を煽いでいた。
この時の私はこれから起きるであろう戦慄の体験から目をそらすことに必死だったのだと思う。
時計の針が19時を指す少し前に厚い扉がゆっくり動き出した。
半分ほど扉が開いたところで、内側から店員がひょこんと顔を出した。
「お待たせしました」
20代と思われる女性店員の顔立ちは綺麗であるもののどことなく青白く、私は一瞬固まらざるを得なかった。
「どうぞ」
店員が店内に私をいざなう。
そのとき、私の体の細胞という細胞が強烈な拒否をし始める。
戻るのは今だ。
この「今」しかない。
私の体は、古来からもつ恐怖の本能を全開に感じながらも、
「僕は40代男子。怪談なんか怖くない。怪談が怖いなら40代男子ではない」
と自分をだまし、抑え、こらえ、自らにGOサインを出した。
汗ばむ体をふりしぼりながら扉の奥に一歩足を踏み出すとき、私はこの汗が夏の汗でないことに気づいていた。
12畳ほどの広さの薄暗い店内にはテーブルが4つほどと店の奥にはカウンター席があった。
無意識の防衛反応なのか私は入口に近い席に座った、と、隣に他のお客さんの気配がしたのでフォーカスを合わすと…
「はぁぁぁぁーん!」
*本来は「キャー!」の表記がわかりやすく伝わるのだが、変声期をとうに過ぎた私から発せられる声はこちらの表記のほうが正確であるので、こちらを採用する。
若い店員は写真の人形に名前があることを教えてくれたが耳に入らない。「怖い!生きたい!」と叫ぶそのときの私の脳には全く必要のない情報だったからだ。
「…これは思ったよりやばいぞ」
自分を落ち着かせるため胸ポケットからタバコを取り出し火をつける。
すると店員は奇妙にもこうつぶやいた。
「トイレはいかがですか?」
…私は事態がつかめないまま、言うがままに席を立った。
が、一抹の不安を感じ、無事に席に帰ってこれることを信じたいがため、タバコの火をあえて消さずに席を立った。
トイレの内部は真っ黒な壁に痛いほどの赤い照明が照らされ「嫌な赤な色」をしていた。
トイレの扉を閉め、鍵をかけ、便器に腰を下ろし上を向くと…
「はぁぁぁぁーん!」
慌てて飛び出て、
「はぁぁぁぁーん!」
席に戻ると、
「はぁぁぁぁーん!」
悔しかった…
テーブル席に人形は居た。最初から居た。それを私は知っていた。なのにまた「はぁぁぁぁーん」と言ってしまった。
深く腰を沈め、うなだれながら、
この場所では排尿という生理現象も成し遂げられないこと、そして「トイレはいかがですか?」と言い出した女性店員の「いじわるさ」と「チャーミングさ」を噛みしめていた。
そんな時だった。
袴姿の男性が音も立てずに現れ、今から怪談を1つすると言う。
店内の明かりは照らす範囲をゆっくり狭めていき、最後には袴姿の男性だけに集まり、後は闇となった。音も消えた。
「え~、怖い話には2種類ありまして。その場で『きゃっ!怖い!』って種類の話と、その場では怖くないのですが、お家に帰り、部屋を暗くしたとき『あれ?あれあれ…』と後からぞわぞわぞわとくるものがありまして………今日は後者です」
それから後のことをよく覚えていない。
ただ、永遠に感じた15分の怪談で少なくとも私は3回、
「はぁぁぁぁーん!」
と叫んでいた。
店内が明かりを取り戻しても私の疲労感を癒すことは無く、ただただぐったりしていた。
そんな私に満面の笑顔の男性が近づいてきた。さきほどの袴姿の男性、私から生気を吸い出した、とっても怖い怪談話をした怪談師だった。
「お客さん、いいリアクション、ありがとうございました!!」
その大きめの声に、
「はぁぁぁぁーん!」
お金を支払い足早に店を出、地下からあがる階段をあがった。普段は辟易する人ごみに、私は早くまじりたかった。
六本木の夜の外はとても明るかった。
…てなわけで、いやー怖かったです。怪談師さんの話し方がたくみ!
怪談話といってもずっと怖い話じゃなく、たまにはユーモアを入れるなどの緩急が余計怖がらせる秘訣なのですね~。
勉強になった夏の夜の本当の話でした。
上岡