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子育て科学アクシスブログ


太一さんの話

山田太一さんの作品が大好きです。

20023年11月に永眠されました。

私が中1のころ、何気なく母と眺めてた『時には一緒に』というドラマが始まりでした。南野陽子さんが出演がしていたので入口としてとっつきやすかったのを覚えています。「バラバラになった家族が再生する物語なんだろうなー」と思って見ていましたが、最終回、家族は再生せず、バラバラなままだけれども、父親役の細川俊之さんが「たまにはこうやって集まるのもいいかもなー」と言うセリフがあるだけでした。

間をあまりおかず、再放送の『早春スケッチブック』を見ました。今度は気合をいれて観ました。将来の進路に迷っている息子役の鶴見慎吾さんが「なりたいものを見つける物語かなー」と思っていましたが、最終回、ただ「僕は変わろうと思った。変わらなきゃいけないと思った」というセリフがあるだけでした。

大人な空気に触れている気がしました。「大人なんて嘘ばっかりだー」の「大人」ではなく、「出来ないことを出来ると言わない、けど、そう言わないことによる弊害を受け止める」、そんな「大人」です。

 
それ以降、『ふぞろいの林檎たち』などの連続ドラから、『今朝の秋』などの単発ドラマまで、テレビ欄に「山田太一脚本」とあればかかさず観ました。

合格届をうけとったのは再放送の『刑事の恋』を観ていた時、『チロルの挽歌』は1人暮らしの最初の夜。『春の一族』『秋の一族』『君を見上げて』『ありふれた奇跡』も『奈良に行くまで』も、全部、当時の自分の周りの空気とともに思い出されます。

晩年に「途中で執筆できなくなると迷惑をかけるから」と言う理由で断筆宣言をされたとき、寂しくもありましたが、もう十分いただいた気持ちでもありました。

 
大きな変化ではなく小さな変貌でもいい。

完全な人もいなく、誰でも弱い部分をあるし、誰もが追い込まれたらやらかす。

私にとって、そんな作品たちです。

私は、先生に怒られたとき平気で「○○君もやってたしー」と罪を軽くするために平気で友達を売る小学生でした。

今の私はあの頃と変わっていません。でも、出来事から得た小さな知恵や些細な経験を使い、そもそも追い込まれてないようにしています。やらかしてしまう機会を減らせるようになっています。

今後も追い込まれたらきっとやらかしてしまうでしょう。

それでよくないですかね?時々やらかしたら、また知恵と経験を足していく。人は変わらない、けど人は変わります。

 
高校演劇で舞台版『早春スケッチブック』を上演したことがあります。上演するために作者に許可どりの依頼書をお送りしたところ、直筆のお返事をいただきました。「上映時間2時間ある台本を、高校演劇でやるということは、1時間に短縮して上演するということなのでしょう。作者として台本が削られるいうことは悲しいことであることはわかっておいてくださいね」と言う内容でした。このときも「大人」に触れました。

 
昔から大好きで、いまだに好きでいられるものであってくれて、本当に感謝です。

 
上岡勇二